目がかゆい、鼻水が出る――。そのピークは春先と言われ、やや季節外れながら、日本国民の26.5%(環境省、2014年)が「スギ花粉症」に悩まされているとされる。少し古いデータだがこれにかかわる直接的、間接的な医療費の合計は2860億円(2001年、科学技術庁<当時>)にも上るという調査もある。

第一生命経済研究所は、花粉症で外出を控えるといった個人消費への影響などを考えると、その経済的損失は7500億円を超えるという試算も出している。にもかかわらず、当面スギ林がなくなることはなく、現在も新たなスギの植林が行われている。

アベノミクスの3本の矢のうち、最もその成果が乏しいと批判された「構造改革」について、待機児童解消など「規制改革3分野」の対応を急いでいることをご存じだろうか。規制改革3分野を前倒しで議論し、年内にもその方向性を決めようという取り組みだ。

現実には、政府の「規制改革推進会議」が、待機児童解消のための「保育制度」の見直し、「電波割当制度」の改革、そして「林業の成長産業化」の3分野に絞って、本来予定されていた来年の答申時期ではなく、前倒しで解決の道筋をつけるべき重要事項として年内をメドに取り組んでいる。

保育制度の改革や、電波の割当制度改革はメディアでも取り上げられており、国民の関心も高まっているのだが、残念なことに第3の「林業の成長産業化」については、メディアもほとんど報道しないし、国民の関心も低い。

半世紀前の植林事業の検証が済んでいない?

ただ、3分野の中で林業は大きな成長が期待される産業である。日本の国土面積の3分の2は森林(2508万ヘクタール)であり、その4割(1029万ヘクタール)は戦後すぐに農林水産省が植林事業として推進した「スギ」や「ヒノキ」などの人工林で占められている。

スギは448万ヘクタールで全体の18%、ヒノキは260万ヘクタールで10%。スギとヒノキだけで森林面積全体の4分の1を占めているわけだ。これらの人工林のうち、スギは植林を開始して約半世紀、その6割がすでに伐採適齢期に差し掛かっていると言われる。

スギは成長が早く、伐採→再造林→伐採という森林サイクルを続けやすいとされる。林野庁の資料などを見ると、成長が早く40年程度で成木となり、伐採適齢期を迎えるとされている。ただし、伐採しても格安の輸入材木に勝てないために、伐採されずに残ったままだ。

加えて、採算割れから手入れが行き届いていないスギ林が多く、成長が悪く、根を十分に張れないスギが多い。そうした未成熟のスギが、台風や大雨などの際には流木となって甚大な被害を出す原因になっている。

それにしても、なぜスギやヒノキ、とりわけスギは日本全国で植林されたのか。

背景には、日中戦争や太平洋戦争などによって大量の木材が軍需物資として消えたという事情がある。加えて、主要都市が戦争による木造住宅の損失被害を受けて、莫大な量の木材需要が発生。日本の山林からは、大量の木材が伐採された。

こうした木材不足を補う目的で始められたのが、国を挙げての造林だったわけだ。1950(昭和25)年に制定された「造林臨時措置法」を契機に、一気に植林が進められた。長期間借りられる融資制度などもできて、山林経営者は政府に後押しされる形でスギやヒノキの植林事業に精を出した。

針葉樹ばかりになって広葉樹の植林が進まなかったのは、昭和30年代から40年代に急速に普及していく石炭や石油などの化石燃料の普及と深い関係がある。広葉樹は山を豊かにする貴重な資源なのだが、安価な石炭や石油が入ってきて植林しても採算が合わなかったのかもしれない。

とはいえ、当時はまだ地球温暖化の問題もなかったし、木材不足に対応するとはいっても、伐採に至るまで40年もかかった。それでも日本の森林の4割にも相当する面積へ集中的に植える必要はなかったかもしれない。そして途中で何らかの方向転換もできなかった。

特に悔やまれるのは、地域の特性に応じた森林資源の有効活用ができなかったことだ。その地域の特性に応じた森林活用を行えば、日本全国がスギだらけになることはなかったはずだ。いずれにしても、スギ花粉症が問題となり、木材価格が下落して採算が取れないスギを全国一律で植林した政策は、どうひいき目に見ても成功したとは言えない。

画一的な政策は失敗のもとだ!

主な弊害を簡単にピックアップすると次のような項目が考えられる。

需要予測の過ち……スギが商業的に採算が取れなくなり、日本の林業に大きなダメージを与えた。終戦直後は木材不足が深刻だったものの、格安の輸入木材が普及して採算割れとなり、スギの立木価格は、全国平均(北海道、沖縄を除く)の利用材積1立方メートル当たり2645円(2013年3月末、日本不動産研究所調べ)で、過去最高だった2万2707円(1980年、同)の約10分の1になっている。

画一的な政策の失敗……地域の特性を考えずに、画一的にスギの植林事業を進めたために、日本の山林全体の4割をスギやヒノキにしてしまった。日本の国土面積の25%以上を、長年にわたって利益の生み出せないエリアにしてしまったことになる。加えて7500億円の損失とも言われるスギ花粉症の原因を作り出してしまっている。国家的な経済損失は極めて大きい。

林業が衰退し、森林資源の管理が停滞……輸入木材の普及によってスギ木材の価格が下落し採算が悪化。スギ山の手入れなどを放棄せざるをえなくなり、数多くの山林運営者が山を放置した。その結果として山林が荒れる結果を招き、スギの生育にも悪影響をもたらした。災害に弱い山林を増加させる結果をもたらした。

過度な規制や基準を放置させた……木材価格が輸入品によって大きく下落するのは、すでに数十年前からわかっていたことだ。その結果、民間事業者の自立的な林業経営が苦境に陥ったことも、農水省関係者は十分に把握していたはずだし、政治家も認識していたはず。にもかかわらず、林業に携わるさまざまな規制や基準を緩和せずに、民間事業者がより自由なビジネスを行うチャンスを約半世紀にもわたって放置し続けた。

こうした現実に対して、検証や反省が行われてきた気配がない中で、本来は40年と言われるスギの伐採適齢期が過ぎ、伐採が迫りつつあるスギ林を放置できない。やむをえず、「森林環境税」の導入を契機に、伐採→再造林→伐採というサイクルを再び繰り返すための政策に着手しようとしている可能性がある。

1人1000円の「森林環境税」創設?

そんな状況の中で、ここに来てアベノミクスの規制緩和政策の一環として浮上してきたのが、前述の「林業の成長産業化」だ。この11月6日には規制改革推進会議の農林ワーキング・グループが「林業の成長産業化と森林資源の適切な管理の推進のための提言」を発表している。

この提言をみるかぎり、林業の成長産業化はこれまで同様に、まったく同じパターンで全国一律の画一的な政策を繰り返そうとしているようにしか思えない。たとえば、林業の成長産業化のための財源として森林環境税の創設が提言されているが、いまのところ住民税に上乗せする形で1人1000円を徴収。住民税を支払っている6200万人が対象になる予定だ。

導入時期は、2019年10月の消費増税に配慮して2020年度以降の導入を検討。約620億円の税収になるわけだが、筆者が疑問に思っているのは、なぜ中央政府が一括で山林行政を支配していかなければならないのか、という点だ。

とりわけ、税金の徴収を国が行って、都道府県や市町村といった地方自治体が補助金としてその税金を受け取り、さまざまな事業を行うというシステムが依然として続いていることに違和感がある。「国有林があるから」という言い訳が聞こえそうだが、国有林は地方自治体の管轄から独立させて運営すればいいだけのことだ。

半世紀前、スギを全国一律に近い形で植林させたことで、日本は森林資源の4分の1を非効率なものにしてしまったという反省ができていない。規制改革推進会議の提案書には、新たな森林管理システムを生かして林業の成長化を進めるためとして、さまざまな政策を提案している。簡単にまとめると――。

➀市町村が仲介者となって森林の集積、集約化を進める
➁森林所有者責任の明確化
③市町村による森林の公的管理
④国有林事業との連携
⑤木材の利活用を過度に制限している規制・基準を見直す

この中で注目したいのは、①、②の森林所有者の森林管理の責務の明確化だ。森林管理者が不在の場合には市町村が経営、管理を受託したうえで、間伐等の公的管理もしくは林業経営体に再委託するとしている。

そもそも日本の森林所有者の管理は、戦後すぐにGHQによって実施された「農地解放」の対象にならなかったために、旧態依然としたシステムが現在も続いている。たとえば、法務局が使う森林の公図は実測と大きく異なると言われる。2500万ヘクタールある日本の森林面積のうち、地籍調査をしていない面積は1000万ヘクタール以上と言われ。地籍調査がほとんど行われていない地域も数多くある。そんな状況の中で、森林所有者の責任を明確化する、と言われても無理な話だ。

さらに、⑤の木材の利活用を過度に制限している規制や基準の見直しも急務だろう。中央政府の役割はこのあたりにあって、過度な規制や基準を排除して、それ以外の運用は予算も含めて都道府県や市町村に任せる、というのがベストな政策ではないのか。

それでは、中央官庁の仕事がなくなる、利権も消えるというのが、現在の中央政府が抱える大きな課題と言える。要するに、“事業縮小”に当たるような政策はとれない、というのが現在の日本の中央政府の大きな欠点だ。日本全体よりも、省の利益のために動いているとしか思えない。

たとえば、人口集積地に近い県では森林の再開発にはスギ植林ではなく太陽光発電設備の設置場所として再開発する手があるかもしれない。逆に地方の人口過疎地であれば、低木の樹木を植えて、登山や観光に適したエリアづくりも考えられる。

都道府県によって、あるいは市町村によって、自然や環境はばらばらだ。いちいち政府が資金の流れまで押さえて、日本全体に画一的な山林を作る必要はどこにもないはずだ。

「農地バンク」の二の舞?

森林環境税の導入構想は、手入れが行き届いていないスギなどの人工林を市町村などが集約して、経営意欲のある森林経営者に貸し出す新たな制度「森林バンク」の財源として活用されることになる。

山林を民間の林業経営事業者などに貸すことによって、大規模化することで「収益性のある土地」に進化させようという発想だ。しかし、この発想はすでに「農地バンク」構想で試した案であり、失敗がはっきりしている。

農地バンクとは、農地中間管理機構のことで、2016年度に農地バンクを介した農地の集積面積は、2015年度と比較して4割も減少している。貸し手と借り手のニーズがマッチしていないためだ。この農地バンクの林業版が森林バンク構想だ。

森林環境税は、国が市町村経由で徴収し、私有林の面積や林業従事者数に応じて「譲与税」として自治体に配分すると言われているが、全国の8割の都道府県や市町村の一部が似たような税金をすでに徴収しており、それぞれ独自の森林管理や林業の育成を実施している。

半世紀前の農水省の政策ミスのツケを背負いながらも、伐採期が到来しているスギを抱えて独自の政策を推進、検討しているわけだ。ところが、いかんせん予算がない。国が森林環境税を創設して、全国一律税金を徴収するよりも、税率や税額もあわせて各都道府県や市町村に任せたほうが合理的だと筆者は思う。

地方に住む人間に多大な負担がかかる、という反論もあるだろうが、観光資源税といった形で、その地を訪れた観光客に一部を負担してもらう方法もある。中央政府が国民から税金を一括して徴収し、その税金を再び地方に交付するという従来の政策パターンは、そろそろ見直してもいいのではないか。