日本の木材乾燥の現状

日本の木造建築技術はかつて世界一であったと言っても過言ではない。その中で木材乾燥は、建築過程の中で工事施工者側が理想的な形での自然乾燥を施していた。それが近年では、経済的効果を求めて建築に掛かる工期が短縮される中で、木材乾燥の行為は木材提供者が行うべきものへと移行していった。しかし、木材提供側の意識改革の遅れから、木材の品質確保、とりわけ木材乾燥への取り組みが不十分であった。この事は国産木材が外材(輸入木材)に取って代わられた理由の一であり、コストの問題以外の理由の中で大きな要因であった。

1990年代初め、当時、輸入木材の主力であった北米材(米マツ・米ツガ)の価格が高騰し、それにつられて北洋材・南洋材・NZ材も高騰した。いわゆるウッドショックである。(米国における環境保護の為の伐採規制が発端)この時、多くの木材関係者は国産材の時代が再来することを期待したが、流通改革の遅れ、人工乾燥を初めとする品質確保等への無頓着などから好機を逸し、欧州産集成材(ホワイトウッド・レッドウッド)に市場を奪われた。そしてこの状況は現在に至っている。

国産材関係者はこの事を反省し、既に着手していた「林業構造改善事業」(1908年代開始)に則り生産工場の集約化等の改革を進めた。木材乾燥についても補助金制度を設けて全国に乾燥設備の普及をはかり、現在は国内の木材供給組織や一定規模以上の製材所等の多くにその設備が設置されている。流通している国産材木に占める乾燥材の割合も、以前の一割未満から、三割弱まで上昇した。

しかし、現状(国内流通木材に占める国産材の割合は未だ30%前後)を考えると、満足できる結果とはいえない。特に木材乾燥の分野で指摘すべき事は、拙速な設備普及の拡大に陥り、本来の技術開発が置き去りにされた事である。この急速に普及された乾燥設備は蒸気式乾燥法の機械で、欧米でその基礎が開発された技術である。この乾燥法は欧州の木材を乾燥させるには適しているが、日本の木材を乾燥させるには不備のある方法で、杉の未乾燥、桧の干割れ等の問題が発生した。

この設備を設置した関係者が上記不備を解決すべく、開発した運用方法が高温式蒸気乾燥法である。この方法は、未乾燥が問題視された杉材の乾燥において、極限にまで乾燥炉内温度(130度)をあげる事により乾燥精度を確保する方法である。この方法は副産物として、材の表面割れ(乾燥による表面割れは材の強度に影響を与えない事が各種実験により実証されている。)を防ぐ効果も持ち合せていた。この表面割れ防止の効果を求めて、比較的容易に乾燥可能な桧にも高温式蒸気乾燥法が採用される事となっていった。

ただし、杉の桁材(梁背8寸以上)については、この高温式蒸気乾燥法を用いても乾燥精度の確保は困難である。したがって、杉の梁桁等平角材の人工乾燥材は殆ど市場に流通していない。柱等の正角材及び小割り材が主流である。

この方法で乾燥した木材は、材の強度に影響を与える内部割れ(通称みかん割れ、表面からは確認できない内部に起こる)が生じ、更には、熱による木材組織の細胞破壊が発生し、著しい材の強度(脆性)劣化を招いている。この現象は、乾燥しやすい桧において、より一層顕著に現れている。

材の表面割れを防ぐメカニズムは、熱によって材の表面を軟化させ、(細胞を破壊する事を意味する)表面張力が働き、割れを防いでいる。この事からしても、高温式蒸気乾燥法が木材そのものに対して、大きなダメージを与えている事が容易に想像できるであろう。

そして、本当に深刻な問題とは、この乾燥法が国内において、最も一般的な乾燥法として位置づけされ、この乾燥木材が大量に流通している事である。

木材流通に携る関係者は、乾燥木材に対して、含水率の数字と共に割れの無い事を求める。強度との関連性の問題に対して無知であるのか、或いは無視をしているのか、高温式蒸気乾燥材を重陽するきらいさえあった。この材を使用する建築側の関係者にいたっては、乾燥材の使用の意義を後々のクレームの回避方法程度にしか理解しておらず、高温式乾燥法の強度問題についてはまったくの無知である。又、現場で乾燥木材の強度劣化に気づいた少数の人たちの中には、木材を乾燥させることが悪であると誤解している人たちもいる。

これら歪な状況を作ってしまったのは、必要な技術開発を蔑にしたまま、拙速に蒸気式乾燥設備を広めてしまった事と、疑問を感じつつも、安易な方法で製品を製造し供給している事が、根底の原因であると考えられる。加えて、耐久性能の低い欧州材が大量に利用されている事も考慮すれば、本来、社会が木材の乾燥に求めていた、木造建築物の強度及び耐久性能等、安全性の確保とは正反対の、本末転倒状態が、現在の日本の木材乾燥に関する状況である。

最近、研究に携わる人達を中心に、高温式蒸気乾燥法の強度問題を指摘するケースが見られるようになり、業界を指導する立場の人達からも、複合乾燥法等へのシフトの必要性が聞かれるようになってきた。ただし、業界全体的には現状の改善の兆しは、未だ、見受けられない。